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歌舞伎町ホストとフリーランスエンジニア|にしくんの歴史15

歌舞伎町ホストとフリーランスエンジニア|にしくんの歴史15

22歳3月31日に脱サラして、主にフリーランスエンジニアと、歌舞伎町ホストとして活動した。

脱サラしてフリーランスに

会社員を辞めた直後はまだ業界人ではなかった。それまでは半年ほどある。会社員を辞めてからは、辞める直前に飲み会で会ったIT企業の社長さんに仕事を貰って、フリーランスで赤坂で仕事していた。

iPhoneとAndroidの雛形はもう存在している医療系アプリで、いろんなバリエーションを作る仕事だった。出勤するもしないも、いつ作業するかも自由で、時給3500円のアルバイト。月収だと40万くらいにはなり、23歳(4月23日生まれなので)でなかなかいい生活にはなった。

それに、ビッグダディと対談したきっかけで、歌舞伎町の愛本店、愛田武社長の長男、愛田孝さんのお店でホストのアルバイトを掛け持ちしていた。

しかし、どちらも雇われではある。自分で稼ぐ力を身に付けなければならない。

キャラで稼げるようになるべきだ

サラリーマンの頃、女性なら誰でも知ってるであろう某メーカーのAI風ボットで、男性アイドルグループのジュニアの情報などの教育に関わった。独学でゲーム開発の勉強をしていて、1年レベルで人間がやらなければならないことがどんどんなくなる進化を感じた。未来は何でも機械化し、人間がやらなければならないことはどんどんなくなるだろう。誰がやっても変わらなくなっていくだろうと感じた。プログラマーも、医者や弁護士も、会計士やコンサルタントも、勉強すればできる仕事の人間はいらなくなるだろうと。そして、言語の壁もなくなるから、日本ではなく、世界に知られて、世界に発信できる人間になる必要があると思った。

だから、人間らしい、人間にしかできない、さらには自分にしかできない、自分のキャラをフル活用したことをして、世界に名を轟かせる必要があると考えた。そうしたら、機械化が進み、言語の壁がなくなった時、さらには地球内レベルでの距離は問題なくなった時、人間としての、個人としての、需要がある。

そんな思考から、活動をさらに活発化させた結果、あの話が来る。

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