にしくんの歴史を複数回に分けて話していく。TikTokやYouTubeでは話しきれなかったこと、知られていないこと、自分自身が整理したいことを、できるだけ正直に書いていく。
まずは、本名、西晃平の誕生と赤ちゃんの頃の話。
📚 にしくんの歴史シリーズ
- 歴史1|西晃平の誕生と赤ちゃんの頃
- 歴史2|小児がん「横紋筋肉腫」が脳に
- 歴史3|難病「ムコ多糖症IV型 モルキオ症候群」
- 歴史4|難病とがんによる7つの障害と対処
- 歴史5|障害者でいじめに悩み学んだ少年期
- 歴史6|人生最大の転機!ギャルに抱きつかれる
- 歴史7|東大の学生団体に渋谷のギャルサー
- 歴史8|学歴高卒ニートの働いて稼ぐ動機
- 歴史9|ネットビジネスと詐欺
- 歴史10|「にしくん」の名付け親で師匠との出会い
- 歴史11|お金を貰えるプログラミング職業訓練
- 歴史12|20歳ホームレス月収10万円生活
- 歴史13|歌舞伎町で家賃5万円一人暮らし
- 歴史14|大手IT企業サラリーマン時代
- 歴史15|歌舞伎町ホストとフリーランスエンジニア
西晃平誕生と赤ちゃんの頃
本名、西晃平は、1993年4月23日に東京都杉並区に生まれた。
この日は、天皇・皇后が即位後初めて沖縄を訪問し、セガがメガドライブ2を発売した。
1993年は、Jリーグ開幕、バブル崩壊、ドーハの悲劇、記録的な冷夏で戦後最大の米不足も起きるなど激動の年。そして、CHAGE&ASKA「YAH YAH YAH」、ZARD「負けないで」、ドラマ「ひとつ屋根の下」、映画「ジュラシック・パーク」などが大ヒットした年に生まれた。
生まれた時、自分は泣かなかった。赤ちゃんは、泣くことで呼吸を始める。泣かないと窒息死してしまう。ナースに両足持って逆さ吊りにされてようやく泣いた。
生まれた時に泣かなかったこと以外は特に問題がなかった。赤ちゃんの頃は、周りよりも大きい方だった。幼児期の好きな飲み物は牛乳と豆乳。父親はそこそこ身長が高いし、両親とも健康でスポーツが得意な方。
家族のことをあまり話しすぎて迷惑をかけたくないし、赤ちゃんの頃の記憶はないから書くこともほとんどない。ただ、確かに言えることは、3歳までは普通の家庭で生まれた普通の子だった。
病気の番組とか見ていると、
「まさか自分が、、、」
「まさかこの子が、、、」
なんて台詞をよく聞くけれど、本当にそんな感じだったと思う。ちょっと頭がデカくてよく頭をぶつけていたのと、ちょっと大人しいタイプ。他に何か本人が知っていることはないほど、普通の人間だった。
しかし、3歳のある朝、異変に気付く。
今思えば、その頃の自分は本当に何も知らなかった。両親も、周りの大人も、まさかこんなことになるとは思っていなかったはずだ。普通の朝が、突然普通じゃなくなる。そういうことは、誰にでも起こりうるのだと今は思う。















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