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西晃平の誕生と赤ちゃんの頃|にしくんの歴史1

西晃平の誕生と赤ちゃんの頃|にしくんの歴史1

にしくんの歴史を複数回に分けて話していく。TikTokやYouTubeでは話しきれなかったこと、知られていないこと、自分自身が整理したいことを、できるだけ正直に書いていく。

まずは、本名、西晃平の誕生と赤ちゃんの頃の話。

西晃平誕生と赤ちゃんの頃

本名、西晃平は、1993年4月23日に東京都杉並区に生まれた。

この日は、天皇・皇后が即位後初めて沖縄を訪問し、セガがメガドライブ2を発売した。

1993年は、Jリーグ開幕、バブル崩壊、ドーハの悲劇、記録的な冷夏で戦後最大の米不足も起きるなど激動の年。そして、CHAGE&ASKA「YAH YAH YAH」、ZARD「負けないで」、ドラマ「ひとつ屋根の下」、映画「ジュラシック・パーク」などが大ヒットした年に生まれた。

生まれた時、自分は泣かなかった。赤ちゃんは、泣くことで呼吸を始める。泣かないと窒息死してしまう。ナースに両足持って逆さ吊りにされてようやく泣いた。

生まれた時に泣かなかったこと以外は特に問題がなかった。赤ちゃんの頃は、周りよりも大きい方だった。幼児期の好きな飲み物は牛乳と豆乳。父親はそこそこ身長が高いし、両親とも健康でスポーツが得意な方。

家族のことをあまり話しすぎて迷惑をかけたくないし、赤ちゃんの頃の記憶はないから書くこともほとんどない。ただ、確かに言えることは、3歳までは普通の家庭で生まれた普通の子だった。

病気の番組とか見ていると、

「まさか自分が、、、」

「まさかこの子が、、、」

なんて台詞をよく聞くけれど、本当にそんな感じだったと思う。ちょっと頭がデカくてよく頭をぶつけていたのと、ちょっと大人しいタイプ。他に何か本人が知っていることはないほど、普通の人間だった。

しかし、3歳のある朝、異変に気付く。

今思えば、その頃の自分は本当に何も知らなかった。両親も、周りの大人も、まさかこんなことになるとは思っていなかったはずだ。普通の朝が、突然普通じゃなくなる。そういうことは、誰にでも起こりうるのだと今は思う。

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