20歳になっても実家暮らしだった。そんなぼくは月収10万円で実家を出て、ホームレスになった。
📚 にしくんの歴史シリーズ
- 歴史1|西晃平の誕生と赤ちゃんの頃
- 歴史2|小児がん「横紋筋肉腫」が脳に
- 歴史3|難病「ムコ多糖症IV型 モルキオ症候群」
- 歴史4|難病とがんによる7つの障害と対処
- 歴史5|障害者でいじめに悩み学んだ少年期
- 歴史6|人生最大の転機!ギャルに抱きつかれる
- 歴史7|東大の学生団体に渋谷のギャルサー
- 歴史8|学歴高卒ニートの働いて稼ぐ動機
- 歴史9|ネットビジネスと詐欺
- 歴史10|「にしくん」の名付け親で師匠との出会い
- 歴史11|お金を貰えるプログラミング職業訓練
- 歴史12|20歳ホームレス月収10万円生活
- 歴史13|歌舞伎町で家賃5万円一人暮らし
- 歴史14|大手IT企業サラリーマン時代
- 歴史15|歌舞伎町ホストとフリーランスエンジニア
職業訓練で10万円のホームレス
障害者のぼくは、甘えようと思えば甘えて生きていけた。実家暮らしの子供部屋おじさんをしていても批判されないだろうし、障害者年金や生活保護という選択肢もある。
まぁでも甘えたら挑戦しなくなるし、挑戦しない未来が予測できる単調な生温い人生はつまらなそうだったので、ほぼ永続的に貰えてしまう障害者年金と生活保護は一度も受け取らないと決めていたし、実家を20歳のうちには出たかった。
そのスタートとして、職業訓練で月10万円の給付金を貰うには、実家を出る必要があった。家を出る覚悟とお金どちらもゲットできるとは好都合だ。しかし、応募締め切りが差し迫っていた。
とりあえず、池袋サンシャインシティの近くに住んでいる、というかほぼ事務所の、友達に住所を借りて引っ越したことに。実際は、ほぼホームレス生活になった。その住所に一応住んでいるのでよく足を運びつつも、荷物を置かしてもらってしっかり定住まではできない感じだった。実家は出ていることになってるのでほぼ帰らず、ネカフェや友達の家を転々としていた。
ホームレスYouTubeで炎上
20歳の頃。渋谷駅のコインロッカーで寝て、軽く炎上したことがある。当時、YouTubeが収益化されて個人が動画で稼げる時代が来るのではないか?と言われていたころ。まだ「YouTuber」という言葉はあまり知られてなくて「好きなことで生きていく」というCMでHIKAKINという名前が知られだしたよりも前。2014年春頃、YouTubeにアップしたその動画で軽く炎上した。サラリーマンがコインロッカーを開けてぼくを見て困惑しそっと扉を閉めたが、たぶんガチで子供が深夜2時頃に、コインロッカーに閉じ込められてると思わせてしまったかもしれない。
あと、生きたままのゴキブリの踊り食い動画でも炎上した。
そうして、歌舞伎町で家賃5万円の家が決まる。
















コメントを残す