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横紋筋肉腫(小児ガン、脳腫瘍)に、にしくん(KoHey Nishi)3歳で

1996年。にしくん(KoHey Nishi)が3歳。横紋筋肉腫(小児ガン、脳腫瘍)。

急に身体左半分が完全麻痺した。朝目が覚めると身体が全く動かなくて、両親がパニックになってバタバタしていた。そして、救急車に乗せられた。原因は横紋筋肉腫が右脳に出来ていた。要は癌。脳腫瘍。3歳の小さな頭に大きく複雑に出来ていた。非常に困難で緊急だが、救急車でひとまず運ばれた近所の杏林大学医学部付属病院では誰も手を出せない難易度だった。そんな中、偶然来ていた東大のすごい先生(と母は言っていた)がメスを握ってくれた。そして、どうにか外科手術は終わった。頭を半分に切って無事に取り出した。手術が終わって最初の親との面会時に「ぼく、座りたい」と看護師さんに言ったのを覚えている。枕や布団を固めて強引に座った。久々に身体を動かした。その後に両親が部屋に入って来て、無事にぼくの生きていて座っている姿を見て、喜んでいるのか、泣いているのか、驚いているのか、感動しているのか、複雑な複合したリアクションは今でも覚えている。そして、それがぼくの最も古い記憶になる。

その後、国立がん研究センターに移動して、抗がん剤、放射線治療、自家骨髄移植、などを経てひとまず治った。よく、入院生活は辛かったかと聞かれるが、物心ついた最初の出来事なのである意味それが自然だった。免疫力が落ちて口の中に同時に最高17個の口内炎があって息をするだけで痛かったから、栄養は点滴で唯一食べれるのはチョコパイとアップルパイを0.5cmの四角形に切って舌の上に乗せるというものだった。退院をしてからも身体が以上に弱く刺激に弱くて、カレーの匂いを嗅ぐだけで高温の熱を出した。免疫の低い状態では医学的に食べちゃいけない物も多かった。一番笑えたのは、アイスはハーゲンダッツなら良いけれど他のアイスは危険だから食べるなという親泣かせな食事制限。食べてはいけない物が多い中から少しずつ食べれるようになった喜びを知った過去があるので、今は好き嫌いを一切なくした。

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