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AV業界で男優兼監督デビューはYouTubeのおかげ!?

アダルト業界男優兼監督デビュー

にしくんとして活動してきた中で、YouTuberもたくさんやってきた。

AV業界に行けたのは、YouTubeのおかげだ。YouTubeがなければ、僕はAV業界へは行けなかった。そこで、にしくんのYouTuber歴についてまとめる。

YouTubeがブームになる

YouTubeが稼げるコンテンツになった時

YouTubeは、元々一般ユーザーの動画には広告が付かなかった。YouTubeを稼ぐためにするということは出来なかったのだ。

7,8年前、高校卒業直後の僕はネットで稼ごうとしていた。その時、ネットで稼ぐ方法として有名だったのは、情報商材とアフィリエイトだった。どちらも胡散臭い。お金は欲しいけど、怪しい事には抵抗があるし、悪いことはしないべきだ。そう思っていた。NAVERまとめは、イメージはライトだし稼げることで話題になった。しかし、楽しくなかった。

そんな時、YouTubeが一般ユーザー誰でも広告を載せられるように開放した。当時はYouTuberなんて言葉はなかったし海外では盛んになりつつも日本ではあまり話題になっていなかったった。しかし、絶対これは来ると確信した。

YouTubeがブームになるのは目に見えていても、ネタがなかった。当時、無名の単なる素人。ついでに障害者。スキルも何もない19歳。何をアップすれば良いか分からなかった。そんな時、面白い人を見つけた。

YouTubeのプロデュース|サイヤマングレート

19歳の頃、YouTubeにアップするネタがなかったし、そこまで人前に立つのも得意でなかったぼくは、プロデュースする側になることを考えた。そして、知人の飲み会でマッチョな人に出会った。その人はお金に困っていた。よし!YouTubeだ!

筋トレの動画に需要があることは間違いない。当時、筋トレ動画はYouTubeに全然ない。その人は、SASUKEにも出場するほどで、筋トレに興味がなくても目を見張るすごい技を持っていた。YouTubeがなぜこれから流行るのか、どうして儲かるのかを説明した。早速やる事になった。

ただのマッチョの動画ってだけじゃインパクトが足りない。名前も見た目も一捻り欲しい。そして、ドラゴンボールが好きだという話題になった。マッチョのイメージにぴったりだ。そうして、バンダナとサングラスがトレードマークの、サイヤマングレートが完成した。

実は、この企画を始めるきっかけになった団体が解散し、サイヤマングレートのプロデュースは最初しか出来ず関わらなくなっていた。だから、正直、YouTubeを勧めはしたし、キャラ作りはしたが、プロデュースとまで言い切るのはおこがましい。しかし、ある時、久々に連絡が来た。チャンネル登録1万人突破したよ!と。(2020年3月現在チャンネル登録43万人)

19歳の若い頃は本当に片っ端から色んな活動してて「YouTubeこれからキます!」なんて言って(本当にキタけど)キャラ作り、視聴UP、マネタイズ未熟なくせに教えたりもしてた。人間関係とか色々あり崩れて終わった闇歴史だけど…

西 晃平さんの投稿 2015年5月10日日曜日

そんなに上手くいくとは!と嬉しかった。しかし、普通に悔しかった。

僕もやらなきゃ!追い越さなきゃ!と思った。

にしくんのYouTuber歴

最初の動画

とりあえず動画をアップしてみよう。そうして、最初にアップした動画は、ゴキブリの踊り食いだった。2回目は、渋谷のコインロッカーで寝る企画だった。どちらも編集なしの短い動画。当時はまだYouTubeやってる人が少なくて、何をあげれば良いか分からずとりあえず変な事をしてみていた。

しかし、転機が訪れる。

ク○ニ選手権で日本一ク○ニが上手い男となった。

これだ!

デンマのマイクでアダルトトーク

YouTubeで、広告で稼げるようになるには時間がかかる。だから、最初からスポンサーをつけた方が良い。スポンサーが付くということは、予算があるから、お金を払ってゲストを呼んで1人じゃ作れない動画を生める。

当時、YouTubeを見るのは中高生が中心だった。中高生はYouTubeでどんな動画を見ようとするか?恋愛とエロだろう。検索をしてみる。今でこそ豊富に動画があるが、当時は昭和の深夜バラエティーの切り抜き動画みたいなのばかりだった。まだ裸が放送出来た時代のバカ殿が沢山あった。

閃いた。

アダルトグッズショップに、アダルトグッズを紹介するのでYouTubeのスポンサーに付いてくださいとお願いすれば良い。そうして出来たのが、デンマのマイク「デンマイク」で、AV女優さんと一緒にエロトークをする番組だった。制作日があるからゲストを呼べるし、もちろん残った分は自分の利益になる。

読みは当たった。下ネタで検索すると一番上に来る。あっという間に再生回数は合計100万回再生を超えた。そうして、AV業界で有名になり繋がりが出来て、後に監督兼男優になる。(現在、昔より規制が厳しくなり、チャンネルごと当時の動画の多くは消えた)

その後のYouTube活動

規制が厳しくなったから当時の動画は消され、そもそも一般人だったから面白かったけれど本場の人間に自分はなった。そして、トップYouTuberも続々とアダルトに参入したり、今ではAV女優さん自身がYouTuberになっている。

それでもYouTubeの可能性は感じていて、再挑戦を試みた。パチンコ配信者の話をもらって少しやったけれど出玉制限がかかりパチンコ業界が衰退。ゲーム配信も編集労力と実力とリターンを考えてたら上手くいかなくて、お金をテーマにした企画も失敗した。

とりあえずやってみるではダメだなと感じ、地道に考察して計画を立てながらお休み期間にしていた。そして、やっと上手くいく道筋が見えた。そうしてまたYouTubeを始めた。

なぜなら、YouTubeには魅力が沢山ある。

※ この記事はYouTube動画にもなっています

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ABOUT US

KOHEY NISHI / にしくん。1993年4月23日東京生まれ。身長109cm。23歳の時にアダルト業界で監督兼男優デビュー。現在は、タレント、俳優、YouTuber、プログラマー。そして、CBDエバンジェリストとして活動中。"KOHEY NISHI’S CBD ONLINE SHOP"オーナー。

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